2016年09月

七月後半の北海道旅行以来、遠出はしていないのでYahooカーナビを使う機会は無かったのですが、今日久しぶりに使ってみました。で、驚いた事には「踏切注意アナウンス」が出る様になったのですね。更に、ルート案内中だけでなく、ただYahooカーナビを立ち上げてある状態でも「注意アナウンス」は行われるのですね。
知らない土地の町中を走っていて、踏切の存在に気付くのが遅れる事が何回も有りました。普通の交通標識は先ず見逃す事は無いのですが、踏切はやばい。道路と道路の交差ではなくて、家並みの中に在ったりするからでしょうか?よく見るとちゃんと標識や注意サインは有るのですが ・・ あの黄色やトラマークが目立つ様でいて目立たない。
これで私がカーナビの機能として必要と考えているもの全てが、Yahooカーナビで満たされました。全く満足しています。これで無料アプリだと言うのですから凄い事ですよね!
踏切警告
更には「一時停止注意アナウンス」も出るのですね。一時停止は今まで見逃した経験は無いので、私は特に必要では無いですが、あればあったで有用でしょう。

これを機会に、今まで行ったことの無かった河井継之助記念館に行って見ました。
記念館
入館料200円で、受付の方に伺うと、写真を撮って良いのは「旗印」と「ガトリング砲」と「銅像類」のみとの事でした。
入り口近くに「ガトリング砲」の展示があるので早速見てみると、なんとコルト社の製造銘板が付いています。「本物か!」と驚いて受付の方に伺うと「砲の本体は有志の方が作られたレプリカ」で、銘板は「コルト社から貰ったもの」を貼ってあるとの事でした。おいおい、いいのか、アメリカ人が偽物に本物の製造銘板を貼らせて?とは思いましたが、市の職員?がそう言っているのですから間違いは無いのでしょう。
ガトリング砲
製造銘板

その他の展示物は、書や書籍などと、継之助の経歴、戊申戦争の経過など。ミーハーで見学している私には今一感が漂います。銅像は ・・ 銅像は実物大か、より大きなものが良いですね。小さいものだと、本人のイメージまで矮小化されてしまいます。
ミーハー的には「ガトリング砲」が見所だったなと思いますが、なんか このガトリング砲はチャチな感じがします。只見町のものに比べると砲身が細い様な ・・。22口径の特製品ですかね?
ガトリング砲が開発されたのが1962年、継之助が亡くなったのが1968年ですから、この間に製造されたものの筈です。
==Wikipediaに載っている 1865年式 Gatling Gun==
Gatling_gun_1865
1865製Gatling Gunの発射構造、本品は50口径で、砲身は6本です。
古い本物の製造銘板が見えます。
 
1862年製Gatling Gunの実射デモ
 


旧下田村(シタダムラ)吉が平(ヨシガヒラ)へドライブに行ってきました。
越後と会津の只見を結ぶ峠道、八十里越の越後側の起点だった所です。八十里越は司馬遼太郎の「峠」のタイトルの基になった峠です。戊辰戦争で長岡藩の河井継之助は、負傷して、この峠を敗走し、只見側で亡くなっています。
吉が平の集落は、かって十数戸の住宅と小学校の分校があったのですが、守門川の氾濫に依る水害に依り昭和45年に集団離村し、以降無人の場所となっています。

先ずドライブルートです。
新潟県道183号線の、水ノ木峠から下ってくる210号線との交点にゲートがあります。このゲートを起点に吉が平までの往復のドライブです。
ルート

ドライブ記録
再生速度は 2.5倍としてあります。



先ず、2016.06.16の記事の一部をコピペします。

==河井継之助記念館==
Jun08-02_記念館
 こちらの記念館も只見町を通るたびに存在には気づいていたのですが、今回初めて訪問しました。
貧相な記念館を想像していたのですが、お金が掛かった綺麗な記念館で驚きました。
河井継之助等が越えた「八十里越え」の展示も少しあり、学生時代に「八十里越え」を通った冒険をしたことを思い出しました。この件は、別途の記事にしたいと思います。
Jun08-03_只見線
記念館と国道沿いの駐車場の間の只見線の様子です。永らく不通が続き、草がボウボウです。
今調べてみたら、只見駅と新潟県側の間は開通していて、不通区間は只見駅と会津川口駅間だけなのですね。

戊辰戦争と明治時代の長岡に関する事柄を記事にするのは、本ブログのネタを増やすのに好都合ではないかと考え、このカテゴリーを作りました。「河井継之助」とすると個人に偏りすぎているし、「八十里越」とすると特定の場所に偏りすぎているし、まあ、何を書いても当たり外れが無い様に「過去の長岡」としました。
ここに書かれていることの多くは、三次資料、四次資料を基に書かれているインターネット上の情報 (五次資料?) を参考にしながら自分の意見も混ぜて書いてある物ですから、史実とは思わないでください。断るまでも無く、そんな人は居ないでしょうけど ・・

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