カテゴリ: 雑記

たぶん高校一年の時だと思うのですが ・・ だとすれば、1961年の事になりますから 57年前の事になります。
当時のテレビは白黒だし、当地方の放送局は NHK とローカル放送局の二つだけだったと思います。
NHKの夜のニュースは、午後 7時からの全国ニュースがあり、その 5分前からローカルニュースが放送されました。そして最後の 1分間ほどがローカルの天気予報に充てられていました。
天気予報と言っても、最近の様な 「お天気お姉さん」 が出てきたり、ナレーションが流れる様なものではありません。単に写真を背景にして、ローカルの天気予報のテロップが流れるというものでした。

なぜか、この 1分ほどの天気予報が甚だお気に入りになりました。越後平野の景色を背景にして美しい曲が流れる。心が震えるものがありました。
一定の期間、同じ背景とBGMで流れた後で、別の組み合わせのものに変わりました。あの曲は もう聞けなくなるのかと失望しました。曲名も何も知らないのに ・・
で、意を決して NHKローカル局に問い合わせをしました。往復ハガキで ・・
「ニュース班」 なる所から丁寧な返信を頂きました。曲名は  「Drink to Me Only with Thine Eyes (汝が瞳に乾杯) 」 である事やレコード番号などを教えて頂きました。

以来、時々はこのレコードを探したのですが、インターネットがある訳ても無く、探す事は出来ませんでした。多分、絶版になっていたのでしょう。
それから 45年の月日が流れ、東京に住んでいた 2005年に、何の気なしにアマゾンで検索したら、「近々 復刻盤のCDが発売される」 と出てきました。慌てて予約しました。
で、入手したのが下のCDです。演奏は  Frank Chacksfield & His Orchestra でした。

「Drink to Me Only with Thine Eyes」 は、古いイギリス歌曲の様です。邦名は教えて貰った 「汝が瞳に乾杯」 で覚えていましたが、定番名では無い様です。むしろ、日本ではマイナーな曲なので邦名は無いと言った方が良いでしょう。
当時の天気予報の背景とBGMのフィーリングを再現したビデオを作りました。ご視聴ください。
 


今日 (2018.01.28) の昼頃に外出する事にしました。いつもの様に暖機運転の為に、自室からリモコンスターターでエンジンを始動しました。しかしリモコンの表示は ERROR となってしまいます。「あれ、変だな」 と言う事で、車の所へ行きましたがドアが開きません。スマートキーに内蔵されているメカニカルキーを取り出して、ドアは開きました。
smartkey01
乗り込んでエンジン始動スイッチを回そうとしましたが回りません。メカニカルキーで始動する場所を探しましたが見つかりません。
これは「バッテリー上がり」 だな、と無駄な抵抗は止めて、車内に常備してある 「ジャンプスターター」 で始動する事にしました。
「ジャンプスターター」 は、二年前程にアマゾンから購入してあった以下のものです。
ジャンプスターターを使うのは初めての経験だし、更にはエンジンルームを開けるのも、この車を買ってから初めての経験だし ・・ と言う状況だったのですが、なんと一発でエンジンが始動しました。こんな小さな物で! 凄い!
そのまま近くのディーラーに向かいました。いつもの様に停止の度に 「アイドリングストップ」 するのですが、再起動しないのではないかとひやひやしました。
ディーラーのサービス担当が言う事には 「典型的なバッテリー上がりですね。5年持ったのは長い方ですよ」
と言う事で、早速バッテリー交換をしてもらいました。

「ジャンプスターター」 でのエンジン始動の良い練習になりました。更に次回に必要なった時の、この 「ジャンプスターター」 への安心感が生まれました。
今回は自宅での出来事だったので 「ジャンプスターター」 が無くても対処法は多くあったのですが、これが旅先で持っていなかったとすれば、かなりのパニックに陥ったものと思います。
「ジャンプスターター」 は 「車での旅行」 の必需品ですよ。カメラやカセットコンロ以上に ・・

このところ続いていた寒波が今日は幾らかマシになったので、色々用事を足すために外出しました。
晴れ間が出たり吹雪いたりと、急変する天候だったのですが、地吹雪にあったり、圧雪の凸凹に嵌ったりと、長岡市内としては珍しい経験をしました。
ドライブレコーダーで常時記録している事を思い出し、このデータを用いて 「記録動画」 を作りました。ドライブレコーター設置以来、事が無ければデータを見る必要は無い訳ですから、今回が初めて記録データを見た事になります。Apeman C470 の画質は、やはり綺麗ですね。

<地吹雪>
市街地を抜けて、田んぼの原っぱに出た所で小規模な 「地吹雪」 にあいました。電柱が見えている程度なので完全にホワイトアウトしている訳ではありません。
三年前だったか、会社の隣の席の人が、隣の市に向かう国道で完全なホワイトアウトに出っくわし、道路脇の雪の壁に突っ込んで怪我を負ったのを思い出します。


<圧雪道路>
中心部を通って長岡市の北側から南側まで走ったのですが、除雪車両は一台も見ませんでした。市の除雪基地には一台もありませんでしたから、郊外の方に集中的に行っていたのかも知れません。
この結果、片側二車線の融雪道路は片側一車線になっているし、融雪の無い道路は 20cm位の圧雪状態でした。融雪道路も圧雪道路も、そこだけ走っていれば問題はないのですが、問題は融雪道路と圧雪道路の切り替わり部分です。ここの圧雪では、ちょっとした凹みが車のストラッグルに依りどんどん成長し、とんでもない状態になります。
以前、新潟市に住んでいた時、大雪の朝に長岡の常識で車で会社に出かけた所、延々と続く凸凹圧雪道路を通る事になり死ぬ目にあった事を思い出します。



中学、高校での同級生が故郷の村長になりまして、彼のブログを見ていたら 「村長になってから苦労が多くて、65kg あった体重が 63kg に減ってしまいました。」 とありました。「え~!、あいつとオレは背格好は同じはずだが!」 と驚きました。なにしろ自分の体重は 77kg もあったものですから ・・・
で、慌てて体重軽減に取り組む事にし、色々方法を調べました。栄養学や健康法などは、昔から混沌とした世界で、何が真実か分からないと思っていましたが、相変わらず科学的根拠の不明な内容が多くありました。そんな中から目新しい 「糖質制限」 がある事に気づき、これをやってみる事にしました。当時は 「糖質制限」 に関しては賛否両論が激しくぶつかっていた様ですが、最近は落ち着いてきたのでしょうか?

「糖質制限」 と言っても 「兎に角 簡単に」 を第一義にして、以下の方法を決めました。
1) 「ご飯」 「パン」 は食べない。その他のおかず類は糖質食品も含めて選り好みせず食べる。
2) 家庭での食事が麺類だった場合は普通に食べる。ラーメン類の外食はしない。
3) 晩酌 (甲種焼酎) は今まで通り続ける。
4) スナック、菓子類は食べない。飲料は 「ゼロカロリー」 のものとする。
5) 食事量は制限せず普通にする。但し 「食べ過ぎ」 は止める。

65kg を目標値として取り組んだ結果が下に示したグラフです。2015年8月1日からダイエットに取り組みました。
体重

==結果==
三か月後の 11月1日には目標の 65kg に到達しました。三か月で 12kg の体重を軽減した事になります。グラフを見ると、旅行中の食事の変化による山を含めても、全体がリニアな勾配で低減している事に驚きます。
これ以上の体重軽減は止めました。 と言うのは、旅行中の温泉などでの入浴中に、痩せて尻やももの肉がげっそりと無いお年寄りをよく見かけるのですが 「貧相で嫌だな」 と常々思っていたので、ああは成りたくなかったからです。
現在も 65kg ±1kg を管理範囲として 「糖質制限」 を続けています。

==健康指標の向上==
当初は考えもしなかった事なのですが、体重軽減に依り 「健康指標」 が驚くほど向上しました。体重軽減に依るものか、糖質制限に依るものかは分かりませんが、ともかく 「健康指標」 が大幅に向上しました。
下に、ダイエット前二ヵ年、ダイエット後二ヵ年の健康診断結果を示します。
健康診断

体重と腹囲の変化からダイエットの効果が分かりますが、ダイエット前後で、
1) 血中脂質に関しては、中性脂肪値が正常値範囲の中間まで向上しました。また、善玉コレステロールが増え、悪玉コレステロールが減って、量が逆転しました。
2) 肝機能に関しては、全ての値が「要精検」から正常値に変化しました。
3) eGFRに関しては、正常値 90 に近づき、腎臓機能が向上しました。
一言で言えば 「より健康な体になった」 と言えると思いますが、どんなもんでしょうか?

「デブ」 な方には、簡単至極な この方法のトライをお勧めします。

前の記事 で、ハードディスクのトラブルに伴い、緊急に NAS にバックアップした経過を記述したところですが、このバックアップ作業には、ミラーリングソフトの 「RealSync」 を使いました。
今風であれば 「RAID」 でシステムを組むのでしょうが、私は 「RAID」 を知らない 昔の人 なので、大昔から使い慣れている 「RealSync」 を今も使っています。
これを機会に 「RealSync」 に関して、自分の記憶を辿りたいと思います。
realsync
「RealSync」 の作者は 吉本龍司氏 です。
インターネットを探しても記述が無いのではっきりしませんが、多分 1995~1996年頃に、彼が未だ中学生だった時に、このソフトを作ったのだと思います。
当時は パソコン通信 の時代で、勤めていた会社が準備した 「Nifty Serve」 の 「Closed Users Group」 が利用出来たので、私は そこから 「Nifty Serve」 側に出て遊んでいたので、このソフトも そこで見つけて利用し始めたのだと思います。
外資系の子会社へ移った後、2001年にこの子会社が親会社から独立する時に、親会社のネットワークが使えなくなるので、私が社内ネットワークを作りました。今から考えれば赤面ものですが、他に誰も出来る者はいないし、10人強のメンバーなので、家庭内LANの手法で極めて低価格で作りました。この時、社内のデータ類のバックアップに使用したのも 「RealSync」 です。
社長に 「このソフト、中学生が作ったんですよ!」 と説明したのをはっきりと覚えています。
以来、ずっと 「RealSync」 を愛用しています。他に浮気をしたことはありません。特に問題は発生しないし、ものすごく簡単に使えるし ・・
1996年から使っていると考えると、今年は 2018年 ・・・ なんと 22年間も使っている事になります!
陳腐化の激しい パソコンソフト でなく、一般商品と考えても 22年もの商品寿命を持つ事は凄い事です。
ましてや パソコンソフト では並ぶものは無いのではないのでしょうか。 凄い ソフト です。

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