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2019年7月4日から13日に掛けて、北海道内の旅行に行ってきました。北海道旅行は、今回で三回目となります。
例のごとく、「日本100名城」、「続日本100名城」、「日本神社100選」、「名刹巡礼 古寺100選」、「日本の史跡101選」の登録地を巡る旅です。但し北海道には、この種の施設の数は多くありませんので、自分が行きたい一般的観光地も加えてあります。
新潟-小樽間のカーフェリーを往復とも利用しました。走行は例の如く高速道路は使わず、全て下道の旅です、走行距離は 3,498km 、所要ガソリン量は 145.64L でした。


<2019年7月5日 - 12日 全ルート (北海道内のみ)>
Allroute


<2019年7月5日>
01route

==2019.7.5 北海道積丹町 島武意海岸 (しまむいかいがん) ==
Seashore of Shimamui in Shakotan Town, Hokaido Pref.
島武意海岸は、「日本の渚百選」に選ばれています。


==2019.7.5 北海道積丹町 神威岬 (かむいみさき) ==
Cape Kamui in Shakotan Town, Hokkaido Pref.
蝦夷地の奥地に和人が定住することで権益を損なうことを恐れた松前藩は、1691(元禄4)年に「神威岬以北への女人通行禁止令」を出しています。


==2019.7.5 北海道上ノ国町 勝山館跡 (かつやまだて) ==
Ruined Katsuyama Castle in Kaminokuni Town, Hokkaido Pref.
文明5年(1473年)頃の築城と推定されている。蠣崎信広あるいはその子光広以降、蠣崎氏の本拠地とされている。その後、蠣崎氏は松前藩をひらきました。



<2019年7月6日>
02route

=2019.7.6 北海道函館市 志苔館跡 (しのりたて) ==
Ruined Shinori Castle in Hakodate City, Hokkaido Pref.
蝦夷地に渡来してきた和人が14~15世紀ごろに築いた館のうち、学術上で存在が認められているものを総称して「道南十二館」と呼び、「志苔館」 は、その一つです。

==2019.7.6 北海道函館市 高龍寺 (こうりゅうじ) ==
Koryu-ji Temple in Hakodate City, Hokkaido Pref.
高龍寺は、曹洞宗の寺院で、函館市内にある最古の寺院です。


==2019.7.6 北海道登別市 地獄谷 (じごくだに) ==
Explosion Craters in Noboribetsu City, Hokkaido Pref.
地獄谷は、登別市にある爆裂火口群です。



<2019年7月7日>
03route

=2019.7.7 北海道釧路町 細岡展望台(ほそおかてんぼうだい) ==
Hoso-oka Viewing Spot in Kushiro Town, Hokkaido Pref.
日本最大の湿原である釧路湿原を見渡す展望台はいくつかありますが、細岡展望台はその一つです。


==2019.7.7 北海道根室市 納沙布岬 (のさっぷみさき) ==
Cape Nosappu in Nemuro City, Hokkaido Pref.
納沙布岬は、日本の本土最東端にあたります。


==2019.7.7 北海道根室市 根室半島チャシ跡群 (ねむろはんとうチャシあとぐん) ==
Ruined Ainu's Chashis in Nemuro City, Hokkaido Pref.
根室半島チャシ跡群は、北海道根室市にある24か所のチャシ跡の総称で、国の史跡に指定されています。また、日本100名城の一つに選ばれています。今回は「ヲンネモトチャシ跡」と 「ノッカマフ チャシ跡」の二か所を訪れました。
「チャシ」 は、アイヌの人々の 「聖域」、「会談場」、「砦」 として用いられたと考えられています。



<2019年7月8日>
04route

==2019.7.8 北海道別海町 野付半島トドワラ (のつけはんとうトドワラ) ==
Todowara in Notsuke Peninsula, Betsukai Town, Hokkaido Pref.
「トドワラ」 とは、立ち枯れたトドマツ林の跡です。野付半島のトドワラは 「地の果て」 を感じさせる場所として近年有名になって来た様です。前回二回の訪問時は、ネイチャーセンター脇を通り過ぎただけでしたが、車が二台位しか停まっていなくて寂しく、荒涼感がありました。今回は多数の車が来ているほか、観光バスが5台も停まっているのには驚きました。


==2019.7.8 北海道羅臼町 クジラ・イルカ・バードウオッチング クルーズ ==
Whale, Dolphin & Bird Watching Cruise in Rausu Town, Hokkaido Pref.
羅臼港から出発する「鯨ウォッチング」に参加しました。



<2019年7月9日>
05route

==2019.7.9 北海道清里町 神の子池 (かみのこいけ) ==
Kaminoko Pond in Kiyosato Town, Hokkaido Pref.
神の子池の水源は、摩周湖の外輪山への降水が伏流水となって湧き出しています。


==2019.7.9 北海道清里町/中標津町 裏摩周展望台 (うらましゅうてんぼうだい) ==
Ura-Mashu Observation Deck in Kiyosato Town/Nakashibetsu Town, Hokkaido Pref.
裏摩周展望台は、三か所ある「摩周湖」用の展望台の一つです。


==2019.7.9 北海道弟子屈町 摩周第三展望台 (ましゅうだいさんてんぼうだい) ==
 Mashu No.3 Observation Deck in Teshikaga Town, Hokkaido Pref.
摩周第三展望台は、三か所ある「摩周湖」用の展望台の一つです。


==2019.7.9 北海道美幌町 美幌峠展望台 (びほろとうげてんぼうだい) ==
 Bihoro-Toge Observation Deck in Bihoro Town, Hokkaido Pref.
美幌峠は、眼下に日本国内最大の火山湖(カルデラ湖)である屈斜路湖のパノラマが広がっているほか、阿寒の山々が一望できる景勝地です。



<2019年7月10日>
06route

==2019.7.10 北海道礼文町 礼文島 (れぶんとう) ==
Rebun Island in Rebun Town, Hokkaido Pref.
前回の北海道旅行では「利尻島」を訪れましたが、今回は「礼文島」を訪れました。



<2019年7月11日>
07route

==2019.7.11 北海道北竜町 ひまわりの里 (ひまわりのさと) ==
Sunflower Park in Hokuryu Town, Hokkaido Pref.
北竜町の「ひまわりの里」は、150万本が植えられた国内有数のひまわり畑です。訪問は十日ほど早すぎた様です。


==2019.7.11 北海道札幌市 北海道開拓の村 (ほっかいどうかいたくのむら) ==
"Historical Village of Hokkaido" in Sapporo City, Hokkaido Pref.
「北海道開拓の村」 は、北海道開拓時代の52棟の歴史的建造物が移築または再現されている 野外博物館 です。


==2019.7.11 北海道札幌市 彌彦神社 (やひこじんじゃ) ==
 Yahiko Shrine in Sapporo City, Hokkaido Pref.
「彌彦神社」 は 越後一宮の彌彦神社を本社とし、新潟県からの移住者に依り明治末に建立されました。


==2019.7.11 北海道札幌市 北海道神宮 (ほっかいどうじんぐう) ==
Hokkaido-Gingu Shrine in Sapporo City, Hokkaido Pref.
「北海道神宮」 は、旧官幣大社であり、蝦夷国新一宮です。1964年までは 「札幌神社」 を名乗っていました。


==2019.7.11 北海道京極町 ふきだし湧水 (ふきだしゆうすい) ==
Mineral Water Spring in Kyogoku Town, Hokkaido Pref.
「ふきだし湧水」は、羊蹄山の伏流水が湧き出している泉です。湧き出し量は 一日当り約8万トンもあります。



<2019年7月12日>
08route

==2019.7.12 北海道余市町 旧下ヨイチ運上家 (きゅうしもヨイチうんじょうや) ==
Historical Trade Office in Yoichi Town, Hokkaido Pref.
「旧下ヨイチ運上家」 は、国指定史跡で、重要文化財です。
松前藩はアイヌとの交易独占権を家臣へ知行として与え(商場知行制)、この交易場を商場などと称したが、その後、商人が商場所経営を請け負うようになり、場所請負制が成立しました。この商場所に設置された出張所を運上屋といいます。


==2019.7.12 北海道余市町 ニッカウヰスキー余市蒸留所 (よいちじょうりゅうしょ) ==
Yoichi Distillery of Nikka Whisky in Yoichi Town, Hokkaido Pref.
「余市蒸留所」 は、ニッカウヰスキーの創業地であり、竹鶴政孝が1934年に建設しました。





<2016年7月19日>
「道の駅なとわ・えさん」- 函館市 - 大沼国定公園 - 八雲町 噴火湾パノラマパーク - 伊達市 - 支笏湖 - 恵庭市 - 新篠津村「道の駅しんしのつ」
Route_July19
第三の目標である「五稜郭」は見る事が出来ました。
天気予報を見ると、網走付近に晴れ間が見えるのは矢張り二日後の21日になっています。21日に第二の目標である「知床」見学ができる様に、そちらに向かうことにします。
泊は入浴が出来る「道の駅しんしのつ」にしました。

==噴火湾パノラマパーク==
 


<2016年7月20日>
「道の駅しんしのつ」- 夕張市 - 日勝峠 - 帯広市 - 足寄町 - 弟子屈町 - 標津町 - 斜里町 - ウトロ「道の駅うとろ・シリエトク」
Route_July20

==幸福の黄色いハンカチ思い出広場==
夕張市を走っていたら「幸福の黄色いハンカチ思い出広場」という看板が道に出ていたので「ああ、ここなのか!」と狭い道を迷いながら行ってきました。駐車場に着くと、下の方に入場料を取る建物が見えましたが、時間が早い為か人の気配はありません。「金を取るほど凄い所なのか?」と早々に撤退しました。
ここの直前に「石炭博物館」と言うものがあり行って見たのですが、時間が早すぎ開いていませんでした。こちらは是非見たかったのですがね。

==日勝峠==
日勝峠に差し掛かると「一合目」「二合目」「三合目」などと表示が道路にあります。「うわ~、とんな凄い峠道なんだろ」と箱根峠をイメージしたら、とんでもなく緩やかな峠道でした。高速道路の峠道の感じですね。
こんなに緩やかな峠道でも「ブレーキ故障時緊急避難所」が道路脇に設けられていました。箱根峠の「緊急避難所」は見上げる様な勾配の坂になっていますが、こちらのものは殆ど平らに出来ています。峠道の勾配の程度に依る発生エネルギーの差を表しているのでしょうか? まあ、何の為に設けられたのか分かりません。予算消化ですかね?
<日勝峠の緊急避難所>  
日勝峠
<箱根峠の緊急避難所>
箱根峠

==標津町 国道244号 (野付国道)==
兎に角、真っすぐです。対向車も居ません。
遅くなったのでぶっ飛ばしています。
 


<2016年7月21日>
「道の駅うとろ・シリエトク」- カムイワッカ湯の滝 - ウトロ港 - 知床観光船 知床岬航路 - ウトロ港 - 知床五湖フィールドハウス - 知床五湖ガイドツアー大ループ - ウトロ - 斜里町 - 網走市「道の駅流氷街道網走」
Route_July21

==カムイワッカ湯の滝==
朝8時に港へ行き乗船券を入手したので、乗船予定の9時半までの一時間半の時間を利用して「カムイワッカ湯の滝」まで行ってきました。かなり距離があるので無理かな、と思ったのですが、未舗装の峠道を 50キロから60キロでぶっ飛ばして何とか間に合いました。


==知床観光船 知床岬航路==
天気予報では晴れ間が見えるはずだったのですが、曇りですね。でも過去一週間より格段に景色が見えるとの事です。
船の人が双眼鏡で見ていて、ヒグマが見えると案内してくれます。行きに一頭、帰りに一頭、私には見る事が出来ました。双眼鏡は必須ですね。船にレンタル双眼鏡もあります。私は常時車に積んであるスタビライザー付の双眼鏡を使いました。やっぱり知床観光船は野生のヒグマが見えるかどうかで違いがでます。


==知床五湖ガイドツアー==
ガイダンスを受講してから出発します。ガイドは常時無線で本部からの情報を聞いて安全確保していますし、「熊除けスプレー」も持っているとの事です。時々、湖の対岸にヒグマがいるのを見る事ができるとの事ですが、今回は見る事が出来ませんでした。そんなことなら、双眼鏡を持参して来るんでした。
山が見えれば最高なんでしょうが、雲で下半分位しか見えませんでした。
 
さて、目標三つ全て達成したので、帰路につきます。小樽に向かいます。


<2016年7月22日>
「道の駅流氷街道網走」- 津別町 - 釧路市阿寒町 - 本別町 - 帯広市 - 狩勝峠 - 富良野市 - 芦別市 - 滝川市 - 歌志内市「道の駅うたしないチロルの湯」
Route_July22


<2016年7月23日>
「道の駅うたしないチロルの湯」- 滝川市 - 深川市 - 留萌市 - 石狩市柏木 - 新十津川町 - 月形町 - 石狩市 - 余市町 - 小樽市「色内埠頭公園」
Route_July23


<2016年7月24日>
「色内埠頭公園」- 小樽市内ドライブ - フェリー埠頭
Route_July24
 フェリーに乗船して新潟港に向かいます。

==道路勾配 22% の坂==
フェリー乗り込みまでの余った時間に小樽市内をドライブしました。北の方に「手宮公園」と言うのがあったので行って見ました。ここへ行く上り坂が凄い。人生最大の急勾配だと思います。記念に、帰り道の下り坂をムービーに撮りました。でも、下り側だと凄さが分かり難いかも ・・


<おわり>
 

2016年7月12日に自宅を発ち、7月25日に帰着という日程で北海道に旅行に行って来ました。
昨年(2015年)7月にも北海道には旅行しているのですが、その時には訪れていない所を主体に訪れました。
総走行距離は 4,316km, 要したガソリン量は 174.5リットル, 燃費は 24.7km/L でした。
高速道路は使わず、いわゆる下道を走るのが基本です。宿泊は全て車中泊としました。

先ず、全行程のログ(北海道内のみ)です。
<2016年7月13日 - 7月24日>
All Route

==フェリー「ライラック」への乗船と下船の様子==


<2016年7月13日>
小樽港 - 浦臼町 - 北竜町 - 名寄市 - 稚内市「道の駅 わっかない」
Route_July13
札幌の「北海道博物館」に行く予定だったのですが、7時には到着してしまう事に気付き、開館までの時間が無駄になるので、時間に縛られない自然の景色を求めて「北竜町のひまわり」を見に行きました。しかし、ひまわり?? 何処にもありませんでした。季節が違うのかな?
続いて、「大雪山旭岳のロープウェイ」に行こうとしましたが、どんよりとした曇り空で、上に上がっても何も見えない事に気づき、これも取りやめにしました。
結局、明日は利尻島に行く事に決め、今日は移動日として稚内まで行く事にしました。

==北越殖民社農場開基百年記念碑==
道の駅つるぬまに寄りましたら、看板に「北越殖民社農場開基百年記念碑」の記載がありましたので、早速見学に行ってきました。この看板の地図らしきものから場所を特定するのはかなり困難で、発見できたのは幸運と言えるでしょう。
道の駅看板

=記念碑=
記念碑

=説明文=
説明文

=動画 記念碑と周りの様子=


==北海道の道路 (No.1)==
朱鞠内湖(しゅまりないこ)近くの道道688号線です。
広葉樹の林の中を通っている北海道らしい道です。すれ違う車もありません。



<2016年7月14日>
「道の駅 わっかない」- 利尻島一周観光バス - 「道の駅 さるふつ公園」
Route_July14
利尻島に一日を充て、日を改めて礼文島と奥尻島にも行く予定にしていたのですが、利尻島観光の結果から他の二島は取り止めにしました。利尻島には「利尻富士」という「自分に取って見るべきもの」があるが、他の島には「自分に取って見るべきもの」は無いと感じました。
 「道の駅さるふつ公園」には昨年と同様に今年もキャンピングカーが多量に居ました。何故なんでしょうか?
==利尻島==
 


<2016年7月15日>
「道の駅さるふつ公園」- 紋別市 - サロマ湖 - 能取湖(のとろこ) - 網走 - 斜里町ウトロ - 網走 - 大空町「道の駅メルヘンの丘めまんべつ」
Route_July15
明日は知床観光とし、今日は斜里町ウトロまでの移動日としました。
途中、サンゴ草群生地としてビューポイントとして知られているサロマ湖湖畔と能取湖湖畔の二か所に寄りましたが、サンゴ草らしきものは見えませんでした。これも季節的要因でしょうか?
ウトロでは、知床五湖フィールドハウスへ行きガイドツアーの時間などを調べ、ウトロ港では観光船の時間などを調べました。その結果として、一日で両方を行うなら、10:00出港の知床岬まで行く「知床岬航路」に乗り、13:45帰港後に知床五湖フィールドハウスへ行き、15:00頃のガイドツアーに参加すれば18:00頃解散となるスケジュールが可能と言う事でした。
夕食の都合で網走に戻り、泊は「道の駅メルヘンの丘めまんべつ」としました。明日のウトロ港10:00出港には余裕で間に合います。

 
<2016年7月16日>
「道の駅メルヘンの丘めまんべつ」- 北見市 - 陸別町 - 本別町 - 帯広市 - 大樹町 - 天馬街道 - 浦河町 - 新ひだか町 - むかわ町「道の駅むかわ四季の館」
Route_July16
ところが、ところが、朝起きてみると天気が全く駄目です。この曇り空では山どころか、海岸も船から見えないでしょう。天候の回復を待つべく天気予報を見ると、晴れ間が見えるのは一週間後の予報です。こりゃ駄目だと知床の再訪問は一週間後を予定して、それまでは第三の目標である「函館の五稜郭」を目指して旅をすることにしました。
今日は、先回の北海道旅行で訪れなかった「帯広」と「十勝平野」を訪れることにしました。その後で通った「天馬街道」も広葉樹の森に囲まれ、北海道らしい、なだらかな峠道でお勧めの道路です。
久しぶりに入浴もすべく、泊は「道の駅むかわ四季の館」にしました。

==大空町「ビューポイント 女満別「メルヘンの丘」」からの眺め==
 

==北海道の道路 (No.2)==
 
国道236号 更別村付近
十勝平野では広葉樹より針葉樹 (トドマツ?) に依る防風林的なものが目立ちますね。


<2016年7月17日>
「道の駅むかわ四季の館」-札幌市北海道博物館 - 江別市郷土資料館 - 江別市野幌神社 - 長沼町「道の駅マオイの丘公園」- 小樽市 - 赤井川村「道の駅あかいがわ」
Route_July17

今日は初日に予定していた「北海道博物館」と「江別市郷土資料館」を訪れました。
泊は、赤井川村の「道の駅あかいがわ」としました。小樽から赤井川村までの道は、北海道には珍しい本格的な峠道で、楽しいドライブでした。

==北海道博物館==
う~ん、こんなものかと ・・・ 期待が大きすぎたのかも ・・・
「開拓」の大きな壁画が気に入りましたが、なぜかインターネットを検索しても出てきません。フシギ??
北海道博物館

==江別市郷土資料館==
北越殖民社関係の展示を期待していたのですが、余り量は有りませんでした。
でも、わざわざ案内して頂いた女性の学芸員には感謝しています。
江別資料館-01

江別資料館-02

==江別市野幌神社==
郷土資料館の学芸員に紹介して頂いたので訪れました。
歴史的経過を知らなければ、ま~ 田舎の普通の神社です。
野幌神社-01

野幌神社-02
弥彦神社の神様も居られますね。

野幌神社-03
 
==毛無山展望所からの景色==
小樽市から赤井川村への峠道にある毛無山展望所から見た小樽市の景色です。
 


<2016年7月18日>
「道の駅あかいがわ」- 倶知安町 - ニセコ町 - 豊浦町 - 長万部町 - せたな町 - 乙部町 - 函館市 - 函館市「道の駅なとわ・えさん」
Route_July18
今日は、先回は駐車場が分からずパスしてしまった函館の「五稜郭」を見るのが主目的です。今回はネットの情報を調べて万全の準備がしてあります。
函館までは、極力前回の道とは違う道を通るルートとしました。

==倶知安町から見た羊蹄山==
 

==五稜郭タワーから見た五稜郭==
 


<後半> に続く

 

「江別市江別太」
北海道に来たら是非訪れたい場所の一番が「江別市江別太」でした。
「江別太」は漢字は知っていたのですが、現地の道路標識で EBETSUBUTO と発音する事を確認出来ました。しかし 「ブト」 とは何ともエレガントで無い発音だなと思ったのですが、最近、アイヌ語が基になっている事を知りました。更には、北海道には「太」の付いた地名が多くある事も ・・

ここは新潟県長岡を基盤とする「北越殖民社」が明治19年 (1886) から「越後村」として越後の農民を入植させ開拓を行った場所です。
北越殖民社の初代社長である大橋一蔵は開拓事業に参加する以前に、私学の開設に参加し、そこの校長を務めていました。その私学は明治29年に閉校になりますが校舎は残り、小学校の校舎として使用されていました。
私は、その小学校を卒業したのです。その校舎で学んだ関係から大橋一蔵には因縁を感じ、ここ江別太を訪れたという訳です。

<千古園>
大橋一蔵の後を継いで北越殖民社の二代目社長となった関矢孫左衛門の屋敷跡の公園
01_千古園
02_千古園看板

<農村公園>
向こうの葦原の先が沼になっていて「越後沼」というらしい。
越後の開拓民の名残を求めてやって来ました。
03_農村公園

<江別太の風景>
殖民社に依る開拓地と思われる付近で写真を撮りました。
当時は原生林を切り開きながらの開拓で、大変な苦労があったのでしょうが、いま見れば、のどかに広がる農地です。
04_江別太

「苫前町三毛別」
江別太の後は「苫前町三毛別」に向かいました。
7月17日に苫前町の道の駅に寄ったら、町の PRパンフレットに、ここが有名な大正4年 (1915) の「三毛別羆事件」の発生場所である事が書いてありました。私の北海道に関する数少ない知識の一つであったので、早速山側に車を走らせ場所を探したのですが、標識も無く、ナビにも出てこず、この時は諦めました。
で、再チャレンジと言う訳です。
一目散に車を走らせ、午後四時半頃に現地に到着しました。
私の後からもう一台車が来て、この時はこの二台だけでした。
<事件の説明看板>
05_ヒグマ看板

<再現された開拓民家と襲う羆>
06_ヒグマと家

<民家の内側>
07_家の内部
「え、え~?!」って感じですよね
丸太を荒縄で縛って柱にし、葦みたいな草を編んだものを壁として使っている。「嘘だろう! こんなもので北海道の冬を乗り切れる筈が無い!!」
と私も思いましたですよ、「三内丸山遺跡の縄文人の住居の方がヌクヌク、暖かじゃね~か!」

でも、嘘じゃ無い気がしてきました。
前述の 北越殖民社の記録を見ると、殖民社から開拓民に支給された住居は、「初期段階は 3間  x 5間の杣家、その後は笹小屋」とあります。杣家とはどんなものか分かりませんが、「笹小屋」はGoogleの画像検索で出てきます。多分、笹小屋の方が杣家より新しいので、より良い条件のものと考えられますが、その笹小屋は この住居と変わりはありません。
see 資料
最近でも、山菜取りを生業とする人たちは、山中での一、二か月の生活は この様な仮小屋で過ごしていました。そのままの形態が、厳寒の北海道に持ち込まれたと考えざるを得ません。

更に
「え、え~?!」って感じるのは、ここの場所の立地です。
山と山の間の川筋は、下流側では山と山の間に そこそこ平坦な場所があり、そこが農地にされています。
ここは、もはや山と山が近接し、平地が無い渓谷に近い感じの場所です。
何故こんな場所に入植したのか??
北越殖民社の一戸当たり開拓面積は 5町歩、ここは下流側の住民 10戸強を合わせても全部で 2町歩あるのでしょうか?
1986年には ふんだんにあった開拓用の土地が、1915年には この様な土地しか残っていない状態だったのでしょうか?
北海道の広大な風景を見慣れた目には、最大の疑問に映ります。
<三毛別の立地>
08_ヒグマ現地

松前城を見学している時、城内にイチジクの木があるのに気づきました。
北海道にもイチジクはあるのか、と驚きました。
50年前、私の一年下として、北海道出身の新入社員がやって来ました。釧路の出身でした。
先ず驚いたのが、カナズチ、泳げない。当時は、北海道の学校にはプールは無かったのでしょうね。
そんな彼がイチジクを見て「初めて見た。北海道にはイチジクは無い」と言ったのを思い出します。それ以来、私は「北海道にはイチジクは無い」と思い込んでいました。

松前の町には「松前漬け」の店があるのですね。それも老舗を感じさせる店が・・
「松前なんだから松前漬けの店があるのは当たり前だろう」と言われるかもしれませんが、私には市販の材料から自宅で作るものイメージが強く、老舗を張るとは意外でした。
 松前城

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